大林道路株式会社(以下、大林道路)では、全国の建設現場に特有の安全管理ノウハウが属人化してしまう課題を解決するために、IT技術を使って過去の事故事例データを有効活用するソリューションの開発を構想。これを具現化すべく、モンスターラボとともに「生成AIを活用した事故予防システム」の開発に取り組みました。
この取り組みの背景や経緯、今後の展望などについて、大林道路株式会社 DXソリューション部 部長 佐藤正憲氏、 同社 DXソリューション部 情報技術課 課長 田原康平氏、さらにはモンスターラボ側のプロジェクトメンバーとして今回のシステムの企画や構想、設計、実装を担当してきた河西健一と髙橋政博を加えて4人に語ってもらいました。
取材協力:
・大林道路株式会社
佐藤 正憲 様 / 田原 康平 様
・モンスターラボ
河西 健一 / 髙橋 政博
ITを使った建設現場の安全管理ノウハウの属人化解消を推進
まず御社の事業概要を教えてください。
佐藤:大林道路株式会社は、大林グループの一員として1933年に設立されて以来、主に道路舗装分野を中心に事業を展開してきました。各地の道路舗装工事を請け負うとともに、全国41カ所の拠点を通じてアスファルト材料の製造・販売も行っています。そのほかにも駐車場や排水施設などの工事も手掛けており、交通インフラの設計・製造から施工までを一気通貫でカバーしています。
現在御社では、佐藤様と田原様が所属されているDXソリューション部を中心に、DXの取り組みを積極的に推進していると伺いました。
佐藤:建設業界では2024年の労働基準法改正で、時間外労働の上限規制が罰則付きで実施されることになり、弊社もこれに対応するために働き方改革に取り組んできました。とはいえ、屋外の工事現場の作業を短期間のうちに大幅に効率化するのは容易くないため、主に屋内で行われる事務作業をITで効率化する取り組みを進めてきました。
田原:私たちが所属するDXソリューション部は、事務作業の効率化だけでなく、最新技術を使った現場作業の高度化にも取り組んでいます。例えばレーザースキャナーを使って現場の3Dモデルを作成したり、ドローンを飛ばして現場を上空から測定するような技術も積極的に取り入れており、全国の現場からの要請に応じて先端技術を提供しています。
今回モンスターラボが支援させていただいた「生成AIを活用した事故予防システム」も、そうした取り組みの一環なのでしょうか。
佐藤:はい。デジタル技術を使って「建設現場の安全管理の取り組みを改善できないか」というのが当初の目的でした。建設現場の作業は昔から「経験と勘」に頼る部分が大きかったので、担当者がその現場に特有のリスクや事故事例に通じていれば適切な安全管理措置を講じられるのですが、あくまで個の経験によることから別の現場や部署の異動よりノウハウの継承が体系的に行われていなかった課題がありました。 事実、現場担当者の異動が発生する5年周期で、同じような事故が再発する傾向がありました。また現場を束ねる支店の工事部長や安全部長にも、各々経験の差があるため、全ての安全活動が全国統一基準となっていない部分があります。
しかし安全管理に関する見落としやミスが原因となり、死亡事故に直結する恐れがありますから、このような「安全管理ノウハウの属人化」は何とかして解消する必要があると考えていました。そこで、デジタル技術を活用して各現場に特有の事故リスクや過去の事故事例の情報を素早く抽出して、担当者に適切なタイミングで注意を促せるような仕組みを作れないかと構想していました。
モンスターラボとともにAIを活用したソリューションを模索
モンスターラボとの協業は、どのようないきさつで始まったのでしょうか。
佐藤:先ほどお話ししたような安全管理の課題を解決できる技術やソリューションを探すために、3年ほど前に社外のセミナーやイベントに積極的に顔を出していた時期がありました。ちょうどそのころ、モンスターラボさんがAIをテーマに開催したオンラインセミナーに参加したことをきっかけに、担当の方とお話しする機会がありました。そのときに私が抱えていた課題感について相談したところ、「ぜひ一緒に解決策を探してみませんか」と提案いただきました。
河西:当時佐藤様からは、「過去に発生した事故に関するナレッジは社内に十分溜まっているのに、それを現場の安全管理に生かしきれていない」という課題についてご相談いただきました。そこでAIに詳しい弊社の技術メンバーとディスカッションを重ねながら、どのようなソリューションが課題解決に役立ちそうか検討してみることになりました。当初は、建設現場の写真データと完成予想図を元に、これから行われる工事の最中に発生し得る事故リスクをAIで自動的に推測するという仕組みを構想していました。
佐藤:弊社には過去に発生した事故に関する膨大な資料が蓄積されていましたから、それらをAIに学習させてモデルを構築した上で、これから行う工事現場の画像データを読み込ませて、将来発生し得る事故のリスクを推論させてテキスト情報として出力させる仕組みを考えていました。その後、生成AIの可能性を改めて検討する中で、工事現場に関する情報をテキストで入力したら、過去の事故情報を基にその現場に特有の安全管理に関する画像を生成・出力するという仕組みへとアプローチを絞り込んでいきました。
実際に手を動かしながら、最適解を探っていったのですね。
佐藤:そうですね。弊社側の要件がまだ固めきれていない状態でモンスターラボさんに入っていただいたのですが、私たちの方針変更にも柔軟に対応いただけたので大変助かりました。これは、アジャイル開発手法を得意とするモンスターラボさんだったからこそ可能だったのだと思います。
河西:実際の技術検証作業は弊社のメンバーを中心に進めていったのですが、佐藤様にもかなり深く関わっていただいて、弊社のメンバーと密接にコミュニケーションをとりながら要件を明確に伝えていただいたので、弊社側としても方向性に迷うような場面はほとんどありませんでしたね。
各現場に固有の事故リスクを表現するイラストをAIも用いて自動生成
実際に技術検証や実装の作業を進めていく中で、どのような点に苦労しましたか?
髙橋:生成AIを使った過去情報の検索や、画像生成処理の仕組み自体は、特に問題なくスムーズに実装できました。今回はTeamsのアドインアプリとして実装したので、生成AIの基盤としてはMicrosoft Azureを採用し、LLMのモデルもOpenAIのものを採用しました。このモデルに対して、技術検証段階では大林道路様がお持ちの過去データをファインチューニングで学習させる方法をとりましたが、本番環境ではより効率的な手法へと切り替えました。強いて言えば、ここが苦労した点だったかもしれません。
河西:生成AIモデルの進化スピードがとても速く、プロジェクトを進めている間にもどんどん新たなモデルが出てきたので、その都度最新のモデルを検証して、自分たちのニーズに合致すると判断したら新たなモデルに入れ替えてきました。
髙橋:特に画像モデルの進化が著しかったので、途中で何度かモデルの入れ替えを行いました。LLMモデルに関しても、新しいモデルの性能をより発揮させるためにはプロンプトの設計はもちろん、AIに渡すコンテキストの構造や、出力品質を継続的に評価・改善していく仕組みづくりにも取り組んできました。
最終的には、どのような仕様のシステムが完成したのでしょうか?
佐藤:まずはTeamsのアドインアプリの形で、工事の計画書のファイルをアップロードしたら、それに類似する過去の事故事例の情報をAIが自動的に検索して提示してくれたり、これから行う工事の内容をテキストで入力したら、その工事の手順や事故リスクを表現するイラストを自動生成してくれる仕組みをモンスターラボさんに実装してもらいました。この仕組みを活用することで、まだ現場経験が浅い担当者でも過去のナレッジから安全管理上のリスクを抽出して、現場担当者に対して的確な指示や注意喚起を行えるようになります。
なお後者のイラスト生成の機能については、生成AIならではの斬新な機能だと自負しています。これによって、計画書の中に挿入するイラストを短時間のうちに自動生成できるようになり、担当者が適切なイラストを制作したり検索する手間が省けました。ちなみに、建設業界で広く標準的に使われているイラスト素材も世に公開されているのですが、その内容が実際の現場にぴったりマッチするとは限りませんし、過去の工事写真を利用して 社外に計画書を提供する際には著作権の問題が生じる場合もあります。
その点、自分たちの現場の事情に即したイラストを自前で簡単に生成できれば、そうしたリスクも回避できます。また日本語の理解が不足している外国人労働者の方々に事故リスクを理解してもらう上でも、直感的に理解しやすいイラストを用いるメリットは極めて大きいと考えています。
他アプリケーションとのAPI連携でさらに広範なユースケースを網羅
今回開発したシステムは、既に本番リリースされているのでしょうか?
佐藤:既にTeamsアドインアプリの方は一通り完成し社内に公開されており、一部のユーザーにアナウンスされたところです。実はこのシステム単体だけではなく、APIを介して既存の業務アプリケーションと連携させることで、より多くユーザーに使ってもらいたいと考えています。具体的には、工事の手順書や計画書を作成するアプリケーションから、今回開発した仕組みをAPI経由で呼び出して、用途に応じたイラストを自動生成する仕組みを2026年6月中に完成させる予定です。その後2026年後半にはTeamsアドインアプリとともに社内で正式リリースする予定です。
APIを通じて既存アプリケーションと広範に連携させることにしたのですね。
髙橋:佐藤様からAPI連携の明確な方針を打ち出していただいたので、モンスターラボ側でも本番に向けた実装においては、APIの設計やAPI化に適したマイクロサービスアーキテクチャに基づいて設計と実装を進めました。
佐藤:たびたび開発方針変更があったにもかかわらず、その都度柔軟に対応いただき、最終的に弊社の要件に合致したものを作っていただけたのでとても感謝しています。
今回の取り組みを踏まえて、今後はどのようにAI技術を活用していきたいとお考えですか?
佐藤:今回モンスターラボさんとともに進めてきた取り組みは、本番リリースでいったん一区切りになりますが、その後社内で多くの人に使われるようになれば、いろんな反響や要望が上がってくることが予想されます。そうした声を拾い集めながら、現在の仕組みをよりブラッシュアップさせたいと考えていますので、その際にはぜひモンスターラボさんにお力添えいただければと思っています。
田原:今回の取り組み全般を通じて、私たちもどんな領域でAIによる自動化や省力化が有効なのか、勘所が分かってきましたので、今後は今回の経験を生かして、AIをさらに有効活用して現場の方々を煩雑なルーチン作業から解放して、より本業に集中できるような環境を実現させていきたいと考えています。
佐藤:そうですね。ただ現場の方々にとっては、そこでAIが使われているかどうかは重要ではありませんから、理想的には「知らず知らずのうちにAIの恩恵に預かれる仕組み」を提供することで、現場の生産性や安全の向上に貢献していきたいですね。